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皆さんの健康と医療

平成12年3月号 故郷への想い (全2ページ)

故郷への想い 岡原直美(34才主婦) (2ページ目)

第十七回「心に残る医療」入選作作品集・介護特別賞

「悪性腫瘍による腸閉塞、ほかにもたくさんの転移が認められ、今年の夏を越せるかどうかわかりません」。
主人が持ち帰ったその結果を聞いてから、私たちが結論を出すまでに、そう時間は必要ありませんでした。

三月下句、主人は職場の都合により、一年間だけ大分に残ることになり、春休みに入ってすぐに、当時八歳と五歳の息子を連れて、先に実家へ移り住むことを決めました。
それから毎日、病院と実家を往復する生活が始まりました。慣れない土地、そのうえ主人のいない不安。「考えがあまい」という義母の言葉に、何度かくじけそうになりました。
しかし、周りの人々に励まされ、立ち直ることができました。

五月中ごろ、四階の病室では、左腕に残された機能を、徐々に取り戻すため、ゆっくりとした時の流れのなかで、治療を続ける義父の姿がありました。
そして、同じ病院の二階では義母が、一時的に食事が出来るようにと、ふさがった腸のみを切除し、完治を信じ、夫の介護を再開したいと、ただひたすらリハビリに取り組んでいました。

しかし、思いとは裏腹に、自分の体はどんどんむしばまれていきます。どんな思いで日々を過ごしていたのでしょう。
「もう、だめかもしれないね……」
弱音を吐く義母に対して、うそを重ねていくことしか出来ない自分の無力さに、何度も押しつぶされそうになりました。思い描いていた故郷が、少しずつ遠くなっていくのを感じながら、もっと早く帰っていたらと、後悔していた時期でもありました。

数か月間で、幾年もの歳月を重ねたかのように衰弱し、やせ細っていく義母の姿を見ながら、奇跡を信じ、たい気持ちと、早く楽にしてあげたい気持ちとが、繰り返し、繰り返し訪れました。
その度に、四階の義父の病室に駆け込み、声を殺して泣いている私の姿を、義父はどんな思いで見ていたのでしょう。わずかに動く義父の左手に、私のひらを預けると、ぎゅっと握り返してくれるそのぬくもりから、義父の思いが今にも伝わって来るようでした。

そしてこの時、そのぬくもりこそが、私たちが求めていた故郷の温かさだと気づいたのです。

検査入院からわずか五か月あまり、義母は夫の行く末を案じながら、その短い生涯を終えました。

義母が果たせなかった思いを受け継ぎ、私たちに残してくれた思い出を大切にして、これから築き上げていく故郷での生活を、義父と共にゆっくり生きていこうと思っています。

皆さんの健康を祈ります。 前のページへ