平成18年12月号「検診、健康診断、人間ドック せっかく受けたら結果を利用しましょう」
労働安全衛生法といういかめしい名前の法律があって、ある規模以上の事業者は、使用者に対する健康管理の一環として、定められた項目について定期健康診断をしなければなりません。この費用も軽視できませんが、企業によってはそれに加えて、便検査、胃のX線あるいは内視鏡検査、婦人科健診、乳癌検診、腫瘍マーカー、果ては脳ドックまで入れるところもあるようです。この様な企業は業績好調で同慶の至りです。また個人的に毎年人間ドックを受けられている方もいます。
これらの検査はスクリーニングといって身体に異常が「有りそうか、無さそうか」の振り分け検査ですから、目が粗い場合があって、ここをすり抜ける病気が無いとは限りません。後で見ると見逃しか、見逃しでないか微妙な病気も有ることはあります。
そうすると、検診ないし健康診断について必然的に2つの考え方が出てきます。
先ずは(1) 健康診断をやっていても、高脂血症、血圧高め、尿酸高め、血糖高め、肥満、等々と毎年いわれて、産業医の面接を受けて飽き飽きしている。健康診断は会社で言われて、仕方なく受けている。その上見逃しもあり得ると聞いている。それでは全く意味がないという考え方。
もう一つは(2) 身体がたいへん心配であるので、腫瘍マーカー、脳ドック、PET等のテレビや新聞で見た検査は全て受けないと心配だとする考え方です。その結果小さな脳梗塞の痕跡が有ると言われて、心配でアスピリンを服用している、という方もいます。
どちらも考え物ですが、問題は検診や健康診断を受けた後にあります。
健康診断をせっかく受けながら、その結果を軽く見ると思わぬ落とし穴があります。
こんな例が有ります。その患者さんは、胃癌で胃を全部取る手術を受けてから、かなり経ちますので、再発の心配はほぼ無くなる頃でしたが、手術以来熱心に人間ドックを受けておられました。
ある年、便の潜血反応(目には見えない血液反応)が2日のうち1回プラスで、検査を勧める報告が来ました。しかし前の手術の嫌な思い出も頭をかすめ、症状も全くないということもあり、そのまま1年様子を見ました。その次の年はなんと便の潜血反応がマイナスでありましたので、健康診断はどうもいい加減ではないのかなと思いながら、しかし健康だとして安心していました。
ところがその次の年は2日間とも便に潜血反応陽性が出ました。たまたまそのドックの報告書には、外来で拝見していた私の名が報告医師として出ていました。その患者さんは外来受診日に「先生こんなのが出て、検査しろって書いてあるけど、どうせ健康診断なんていい加減なものなんでしょう」と忌憚のないお話しをされた。「とんでもない、ちゃんと診ているにきまってるでしょ」ということで大腸検査を行いました。結果は進行大腸癌でした。しかし幸いにも肝臓、肺などへの転移は無く、腫瘍マーカーも正常(これは定期的に調べていました)で、リンパ節の郭清(根こそぎ取ること)も治癒できる範囲に行えました。しかし早期癌でしたら、内視鏡切除ができ今後再発の心配も少なかったことだと思います。
ここでお分かりのように、病変が小さい場合は、便に潜血反応が出る場合と出ない場合があるのです。また痔などの血液が混ざるときは便潜血反応が陽性に出ます。 ではこの様なものに意味があるのでしょうか。もし意味があるとすると、どのように考えたらよいのでしょうか。
検診ないし健康診断は決して自分の健康を確認するためではありません。「結果が正常なら健康でしょう!」という反論がありましょう。しかしその健康を証明するのは極めて困難です。そうではなくて検診は「危うそうな状態」を網(細かい粗いはありますが)で救うためです。
厚生省のデータによりますと2004年の、日本人全死亡例の32%は腫瘍(癌)によるものでした。癌で助かる人もおおいので日本人の半数近くが癌になるといっても良いようなものです。網に引っかかったけれど怖がって、「実は引っかからなかったことにしよう」とするよりも、早く精密検査して安全な場所に解放してもらいましょう。実は私も引っかかって、近頃やっと解放されました。
(神田医師会 岩間毅夫)