平成18年3月 子どもの脳の発達とロコモーション
子どもは生後4ヶ月になると、昼間に起き、夜に眠るようになります。その後、6~7ヶ月になると、昼間の眠りが午前1回、午後1回に固まり、さらに1歳半ごろには、昼間の眠りが午後1回となります。その後も昼間の睡眠時間は徐々に少なくなり、4~5歳頃、幼稚園の年長組か幼稚園を卒園する頃には、昼間はずっと起き、夜は続けて眠る大人の睡眠・覚醒のパターンとなります(図1)。
一方、運動の発達では、生後8ヶ月頃には両膝をつけたはいはいが、1歳過ぎには立って歩くことが可能となり、さらに幼稚園に入る頃には背筋を伸ばし、手がきちんと振れた歩き方が可能になります。
これらは、ごく当たり前の発達の過程と考えられがちですが、その一つ一つの過程は脳の発達に重要な意味を持っています。それは、睡眠とロコモーションの発達の過程が脳幹と中脳にあるアミン系神経系の発達の過程を反映しているからです。
アミン系神経系には、脳幹にあるセロトニン神経系とノルアドレナリン神経系、中脳にあるドパミン神経系があります(図2)。
セロトニン神経系とノルアドレナリン神経系は脳全体に枝(軸索)を出しておりますが、ドパミン神経系は主として前頭葉に枝を出し、それぞれの部位の神経活動を調節しております。睡眠・覚醒リズムとロコモーションは、脳幹と中脳にあるこれらの神経系の働きを直接反映します。発達の過程でこれらの神経系は、脳の発達に極めて重要な役割を持っております。
従って、睡眠・覚醒リズムとロコモーションの発達の過程は、アミン系神経系と脳の発達過程を反映しており、その発達の良し悪しは脳が正常に発達しているか否かを現しているといえます。
睡眠・覚醒リズムとロコモーションの発達の一つ一つの過程が脳のいかなる機能の発達に関係するかは、それぞれの過程に異常を示す特別な脳の疾患の研究から明らかにされてきました。
その研究によると、昼夜の区別ができる4ヶ月までに親子関係が確立し、新しい環境に順応する能力と大脳の左右機能分化の基礎ができます。さらにそれは、生後4ヶ月で重力に抵抗する筋の活動を促して首が座るようになるとともに、8ヶ月以後のはいはいを可能にしますが、同時に大脳が統制のとれた活動をすることを可能にし、大脳全体を結ぶネットワークの発達を促します。6ヶ月頃から頭の大きさが急速に大きくなることはその表れといえます。また、この時期から子どもは親以外の周囲の人間に対する関心が生じ、社会性の基礎がつくられます。8ヶ月以後からは昼夜の明暗の区別に従って体温のリズムが生じます。
昼寝が午後1回となる1歳半以後、特に2歳から5歳にかけて、昼寝が消失し、昼間に起き、夜に眠るという大人のリズムが形成される過程で、行動の昼夜のリズムと昼夜の明暗の区別によって形成される体温のリズムが一致します。これはその後、活力ある生活をすることを可能にします。
この期間には、後に述べるロコモーション、特に直立二足歩行の発達とともに、社会性すなわち人の気持ちを理解する心の原理の形成、意識を持って事に取り組む同期付け、学習能力など前頭葉の機能が発揮できるようになります。
一方、8ヶ月頃から可能になるはいはいは、脚橋被蓋核とドパミン神経系を活性化し、前頭葉の発達を促します。これによってヒトで最も発達している前頭葉が十分に機能を発揮する基礎が築かれます。
1歳以後、立って歩くことが可能になりますが、背筋を伸ばした直立姿勢での歩行-直立二足歩行-が発達とともに可能になると、それによって前頭葉の各部分がそれぞれ独自の機能を発揮することが可能になり、ヒトのみが持つ高い知性や理性のある行動を行う基礎ができます。 また、直立姿勢をとれるようになってはじめて面と向かって人の話を利くことが可能となり、学校で授業を受けることができるようになります。
それでは、どのようにすれば睡眠・覚醒リズムとロコモーションを正しく発達させることができるようになるのでしょうか。
図1の2番目の欄(A)を見ていただくと、生まれたばかりの子どもは1日の8割方は眠っていますが、生まれてから4~5ヶ月の間に睡眠時間が急速に減少することがわかります。また、3番目の欄(B)を見ていただくと、この睡眠時間の減少が昼間の睡眠時間の減少によることがわかります。
すなわち、昼間に起きることを覚えることが脳の発達につながるといえます。 これは、先に挙げたアミン系神経系、特にセロトニンとノルアドレナリン神経系が脳を覚醒させるための神経系であることからもよく理解できます。従って、周囲から脳を覚醒させるための刺激を与えることが、睡眠・覚醒リズムを正しく発達させることにとって重要であることがわかります。
生まれてから昼間の日の光と親の養育が覚醒刺激となります。この際、親の養育は日の光に一致していなくてはなりません。 4ヶ月を過ぎると、食事も覚醒のための刺激になりますので、食事は昼間に、特に離乳食が始まる頃からは昼に集中させることが必要です。 また、6ヶ月以後には親以外の大人や兄弟の刺激も必要であり、はいはいができる頃からははいはいが、歩行ができる頃からは歩行が重要な刺激となります。 直立姿勢で手の振れる歩行を促すには、緩やかな上り下りのある原っぱ、またそれに相当するところを歩くのが最良です。
さらに、2歳以後は同年輩の子どもとの接触が大切になります。この場合、仲良く遊ぶのも必要ですが、適確に「正しく」けんかをすることや、親、保育園や幼稚園の先生、あるいは親以外の大人から「正しく」叱られることも、社会性、人の気持ちを理解すること、「心の原理」の発達に必要であり、よくやったときにほめられることとともに、うまくいかなかったときに励まされることも動機付け機構の発達に必要です。
また、3歳から5歳までは脳内でメラトニンが一生のうちで最も多く分泌されます。これは、行動のリズムと体温のリズムを一致させる他、脳のリズム機構が統制された活動をするための仕組みをつくる上で重要な役割を持ちます。従って、メラトニンが効率よく分泌できるようにすることが必要です。そのためには、朝(日中も同様)の日の光を十分に、夜は暗くすること、また夜間、寝室から電磁波を遮断すること(携帯電話は最悪です)が必要です。
昨今の日本の子どもたちは、昼夜の明暗の区別から逸脱した生活をしていることが多く、友人と接触する機会が少ないこと、走りまわる野原のないことなど極めて劣悪な環境におかれています。これが、新聞紙上に現れる様々な事件を起こす元になっております。従って、少なくとも幼稚園卒園まで、できれば10歳までは、先に記した生活をしていただきたく思います。