区民の皆様への医療情報

平成17年9月 抗生物質ってどんなもの?

近代医学に大きく貢献した抗生物質。
この薬が発見され、実用化したおかげで各種病原体の感染でおこるさまざまな病気(感染症)が治療しやすくなりました。
昔、日本で流行していた結核をはじめとして、ほかにも様々な致命的感染症が治療可能になりました。

抗生物質。よく聞くけれど実はどのような薬なのでしょう? お話しましょう。

抗生物質を一言でいえば、「病原体(細菌)にとっては毒となるが、人間の細胞には無害な物質」です。

有名なペニシリンは、1928年に英国のフレミング博士が細菌を培養して研究しているときのある失敗から発見されました。細菌の研究では寒天などの培地に細菌を塗り、増殖(培養)させて研究します。フレミングさんは失敗してアオカビが混入してしまった培地をよく観察する真面目さがあったのです。そのとき混入したアオカビのまわりの細菌が死んでいることに気がついたのです。彼は「もしかしてアオカビは細菌を殺せる物質を生産しているのではなかろうか?」と考えました。良いセンスですね。

これが、ペニシリンの発見になったのです。第二次世界大戦中には工業的に生産され、連合軍側の兵士の治療に使われました。当時のイギリス首相であったチャーチルさんが肺炎で倒れた時にも絶大な威力を発揮して治療に成功したのは有名な話です。

さて、ペニシリンはヒトの細胞には存在しないが細菌には重要な細胞壁という構造を壊す作用があります。ヒトの細胞は細胞膜で境界され、ペニシリンが壊す細胞壁がないのですから安全です。だから、妊婦さんに使えるほどの安全性があるのです。

ほかにも、様々な抗生物質が開発され化学工業の発達に伴って安価に大量に使えるようになりました。作用はすべて「細菌には毒になるが、人体には安全である物質」が原則です。

抗生物質のありがたさ

日本でも昭和30年代ごろからは一般の医院でも抗生物質が使えるようになり、国民皆保険制度の充実と共に平均寿命は大幅に伸びました。

昔、兄弟姉妹併せて七人居たが子供の頃に三人死亡して成長したのは四人などという話を聞いたことがあると思います。現在は少数の子供のほとんどが成人まで成長できるようになっています。抗生物質の貢献度は大きいのです。

でも、問題もあります

しかし、世の中良い事ばかりではないのが常。人類に大きな福音をもたらした抗生物質もペニシリン・ショックなどの副作用の問題があります。前回の「アレルギー」でお話したとおり、ヒトは自分の臓器にさえ自己免疫疾患を起こすくらいですから、「異物」である抗生物質は100%安全ではありません。

ほかにも、抗生物質で攻撃された細菌たちのサバイバル努力として耐性菌(抗生物質が効かない菌)が登場しています。最初は病院内での院内感染で問題になりましたが、最近では新患で外来を受診した患者さんから多剤耐性菌が検出されるようになりました。つまり、市中に耐性菌が存在し、病院内に限られなくなったのです。

そのため、現在も新しい抗生物質が鋭意開発されています。しかし、最近も日進月歩で新たな耐性を獲得する一種のイタチゴッコになっています。

この対策としては、医療側は不必要な抗生物質使用をしないこと。患者さんの側からは、いざ抗生物質を使用しなければならない感染症があるときには指示通り正確に使用する。この両方が必要です。

正確な使用とは?

抗生物質が体内で細菌を撃退するためには、一定の濃度が必要です。そのために1日2回とか3回とか内服回数が決められています。これを守ってほしいのです。
「朝ごはんを食べないから、食後の薬もやめた」これでは、体内での薬剤濃度が低くなりすぎ、耐性菌を誘導するのです。病原細菌の「半殺し」はいけません。

そのほかに

夢のように感染症を治す抗生物質は、いかがわしい民間療法などの詐欺的健康産業にとって「目の上のタンコブ」です。

そこで抗生物質の副作用ばかりを強調して一般大衆に恐怖心を植え付けようとする勢力が暗躍した時代がありました。つい十年くらい前は「抗生物質は恐いから使いたくない」と主張する方が多くいました。最近の「ステロイド恐い」と同じような現象です。

忘れないでください。「世の中にリスクのない営みはない」という常識です。道を歩けば交通事故のリスクがあります。平和な日本で年間三万人以上も自殺しているのも事実です。

薬剤の副作用や医療事故での死亡事故は交通事故死と自殺者を合わせた死亡者数(昨年は約4万人)よりは少ないでしょう。しかし、抗生物質に限らず、あらゆる薬剤や医療技術もリスクがゼロではありません。むやみに恐れるのは損ですが、無駄に濫用するのも間違いです。主治医とよく相談して、必要な場合は確実に使用して医療技術の利益を利用して下さい。

(神田医師会 北原東一)

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