区民の皆様への医療情報

平成16年3月号 うつ病って心のかぜ?

うつ病というと大変な病気のよう気きがします。
「うつ病にかかった」=「精神病にかかった」とはさすがに思わない時代にはなりました。
それにしても医者から頭痛がしてだるくて心療内科を受診したら医者から「君、うつ病だよ。いやー心のかぜだからね。気をつけて。」などと言われたら、心の風邪といわれても大層な病気に罹った気がします。

うつ病は、普段の「たんなる気分の落ち込み」とはちがうのでしようか。いままでの一生に、一度も落ち込んだことのないという人はいないでしょう。
会社の上司に叱責された、好きだと告白したら友達でいてほしいといわれた、雨降りの日に転んで服が汚れてしまったなどなにかにつけ日常生活は落ち込むことばかりです。

実はうつ病は単なる気分の落ち込みではありません。
身体の病気としての面が大事です。不眠、食欲不良などといった身体の症状が自覚されます。自分はうつ病なんかにかからないと思っていませんか?現実には、うつ病は決して珍しい病気ではなく、むしろとてもポピュラーな病気です。

うつ病の人の割合

たとえば、いま100人の人がいるとすると、その中の2~3人はうつ病にかかっている可能性がありますし、また十数パーセントの人が生涯のうちに一度はうつ病を経験すると言われています。

このように誰もがかかる可能性のあるごく一般的な病気という意味で、最近では「心のかぜ」とも呼ばれています。
誰もがかかる可能性がある、必ず治るという意味で、なかなか上手な喩です。症状は、大きく精神症状と身体症状の2つに分けられます。

精神症状

まず精神症状ですが、これは(1)抑うつ気分、(2)不安症状、そして(3)意欲の低下と3つの側面をもっています。

(1)抑うつ気分
抑うつ気分はなにかあって落ち込むのとはちがいます。
それは梅雨空の暗さのようなものです。すべてについてはっきりした理由もなく悲観的となったり、ささいな失敗で過剰に自分を責めたりします(自責)。

(2)不安症状
漠然とした不安感に始終さいなまれるもので、それが高じるといても立ってもいられず、じっとしているこたさえ困難を覚えるようになってきます(焦燥感)。

(3)意欲の低下
ものごとに対する興味、意欲の喪失感や思考活動の低下となって現れます(抑制症状)。
なにかやろうとしても能率が全然あがらず、集中していられなくなります。新聞や本を読んでも字面を追っているだけで内容は頭に入ってきません。
こんなときは記憶力や頭の回転がひどく悪くなったように感じられます。

さらにもう1つ注意が必要なのは、うつ病でも妄想があり得ることです。
自分は周囲に迷惑をかけている、ものごとがうまくいかないのは自分のせいで自分さえいなければよいと考える(罪業妄想)、取り返しのつかない大事なものを失ってしまって金銭的に破綻するに違いないと考える(貧困妄想)、あるいは自分が重大な病気にかかって治る見込みもないと思いこむ(心気妄想)などはうつ病にみられる典型的な妄想です。

このように妄想まであらわれるうつ病は重症で、周囲から見ると精神病のようにみられたりします。でももちろん精神病ではありません。

身体症状

身体面の症状もあります。そのうち最も多くみられるのが睡眠障害、つまり不眠症で、うつ病患者の9割以上にみられます。
寝つきの悪さ(入眠困難)、一旦寝ついても途中で何度も目が覚める(中途覚醒)に加え、明け方暗い内に目が覚めてしまい再び寝付けない(早朝覚醒)がうつ病では特徴的です。
睡眠障害に次いで食欲不振、疲れ易さ・倦怠感などもほぼ必発の症状です。

こうした典型的な症状以外にも、便秘・下痢、頭の重い感じや頭痛、めまい、息苦しさ、性欲の減退、女性は月経異常など、さまざまな身体の症状(いわゆる自律神経症状)がみられます。

うつ病の中には、精神面での症状はあまり自覚されないまま、もっぱらこうした身体の症状だけが表に出てくる場合もあります。
こうした場合、うつ病と気づかれずに内科の外来などを受診しています。
そうすると検査をしても異常が見つからず長引いてしまいます。

このように身体の症状の背後にうつ病が隠されているものを"仮面うつ病"などと呼ぶこともありますが、専門医への受診が治癒への近道です。

年齢によって違う、症状の特徴

うつ病はどの年齢でもかかる病気です。最も多いのは20歳から30歳くらいの年代ですが、下は小学校高学年くらいから、上は老年期までさまざまな世代にみられ、年齢によって症状に特徴がみられます。

子どものうつ病では、憂うつな気分や感情はあまり目立たず、行動面での活動性の低下や身体の不調が訴えの中心です。
なんとなく元気がない、勉強や学校生活が振るわない、身体がだるい、お腹や頭が痛い、などといったものです。
ですから、不登校の原因を探ってみるとうつ病だった、という場合も珍しくありません。

一方お年寄りのうつ病は、思考活動の抑制が記憶力・思考力の低下となって現れて、痴呆と間違われることがあります。
これは本当に痴呆となってしまったわけではなく、うつ病が良くなれば自然に回復する一過性のものです(仮性痴呆)

うつ病は脳神経系の失調状態

うつ病は単純に心の病気と考えられがちです。
しかし現代の医学ではうつ病はむしろ身体の病気として理解されはじめています。より正確にいえば脳神経系の失調状態というべきものなのです。

人間の脳は神経細胞の集まりですが、1つ1つの神経細胞は微弱な電気とさまざまな化学物質で働いています。
それらの化学物質のなかで中心的な役割を果たしているのがセロトニン、ノルアドナリンなどの神経物質です。
うつ病では、これらの働きが低下していることが指摘されており、そして現在用いられているうつ病の治療薬(抗うつ薬と呼びます)は、基本的にすべてこれらの働きを補い低下した脳の神経活動を活発な状態に戻す作用の薬なのです。

従来の三環系抗うつ薬の他にも副作用の少ない新しい薬剤が登場してきました。SSRIやSNRIとよばれるものがそれで、マスコミなどで「幻の新薬」「心の特効薬」としてこれらの名前を目にされた方も少なくないと思います。
これらの薬剤がこれからのうつ病治療の中心的役割を担っていくものと考えられています。

うつ病に必要なのは休息です

うつ病はひとことでたとえれば、"心と身体のガス欠"です。
心身ともに消耗しつくしてしまい、エネルギーが枯渇した状態です。ですから治療に何より必要なのが休息です。

十分な睡眠と食事、それとお薬で疲れた心と身体を休めるのです。
家族にうつ病が疑われた場合はできるだけ早く専門医に相談してください。
うつ病の患者さんは一般に責任感が強く、職場や家族に迷惑をかけまいとして無理をおして我慢していたり、休むことに強い抵抗感をもっていることが多いものです。
そのためともすれば受診が遅れがちになり、病院を訪れたときにはすでに重症となっていることもしばしばです。

そんなとき最も注意しなければならないうつ病の症状は自殺です。
妄想症状がある、強度の不眠が長期にわたって続いている、食事が全くとれない、などはいずれもうつ病が重症であることのサインですから、病気の進行を防ぎ、自殺を未然に防止するためにも入院での治療を考えることになります。

"うつ病に励ましは禁物"とはよく言われるとおりで、必要なのはいち早く休息をとらせてあげることです。早期発見早期治療の原則はうつ病でも全く同じです。
今やうつ病はよく治る病気の1つになっています。軽いうちに、できるだけ早く治しましょう。

(神田医師会 鬼頭 諭)

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