平成12年5月号 酸素と抗酸化作用
「酸素中でロウソクが空気中よりずっと早く燃え切ってしまうように、われわれもあまりにも早く消耗してしまうかもしれない」
これは、十八世紀に酸素を発見した一人、英国のプリーストリーの言葉ですが、最近、彼の言葉を裏付けるような実験データが次々出てきているんですよ。
例えば、線虫を飼う時に飼育箱の酸素濃度をいろいろ変えます。
すると、濃度が高いほど早く死にます。ハエを便って、飼育箱の大きさを変える実験もあります。箱の広さと寿命の関係を調べると、狭い箱の方がハエが長生きする。広いとたくさん飛び、酸素を多く消費するんです。
日本人が狭い家に住んでいるのは悪いことではないのかもしれませんね。世界で最も長寿なんだから。
また、動物の種によって最大寿命が大体決まっているんですが、体重あたりの酸素消費速度が遅い種ほど寿命が長いんです。
油やブラスチックが酸素で劣化することは知られていましたが、同じようなことが生体でも起きるというのがいま、大変ホットな話題なんです。
酸素による障害が、本当に発がんとか、老化につながるのかということについて、分子生物学的、医学的にきちんとした研究が進んだのは1980年代になってからです。
生活習慣病と呼ばれる糖尿病など、加齢に伴って発病の確率が高まる病気と酸化の相関が非常に高いことがわかってきました。特に動脈硬化のメカニズムが分子生物学的にかなり説明できるようになりました。
俗に悪玉コレステロールと呼ばれる脂質の酸化が引き金になることは、動物実験や人の病気の分析からまずまちがいありません。動物実験で、酸化反応を抑えれば動脈硬化をきれいに抑えられることも、この証拠になります。
もともとはゴムの酸化防止剤としてつくられた化合物が人の治療薬に使われているんです。安全性を調べるため、ネズミに食べさせてみてわかったんですよ。おもしろいでしょう。
ある種のがんや糖尿病でも原因に酸化がからんでいると考えられています。
抗酸化物質が予防や治療に効果があるからなんです。
アルツハイマー病などでも酸化された脂質が増えていると報告されています。ただ、こういう調査では、酸化と病気のどちらが原因でどちらが結果なのかはわかりません。でも、痴ほうや老化に酸化が強く問連しているのは確かでしょう。
酸化防止剤の入っていないサラダオイルでドレッシングをつくると、冷蔵庫に入れておいても、一日で酸化が進んで味が落ちます。
人の体をつくっている脂はサラダオイルより酸化されやすい。なのに、冷蔵庫に入らなくても何十年も長持ちします。それは、生体がすばらしい防御システムを持っているからです。
これは、複数の防御ラインからできています。酸化力が強い活性酸素やフリーラジカルができるのを防ぐ抗酸化酔素。ラジカルなどを捕まえたり、無害化したりするビタミンなどの抗酸化物質。酸化による損傷を治す修復酵素などです。
以前の動物実験だと、抗酸化物質は平均寿命は延ばしても、最大寿命の延長効果は見られませんでした。
しかし、最近、抗酸化酵素が遇剰にできるように遺伝子操作したハエは、最大寿命が延ぴるといった成果が出始めています。
構造などに関する基礎研究をもとにデザインした新現の抗酸化物質が動物実験でいい結果を出し、人での効果を調べる段階に入っています。
われわれもビタミンEの機能を参考にしてより作用を高めた動脈硬化の治療薬を開発中です。