区民の皆様への医療情報

平成11年12月号 献血でわかった 若者たちの食事の質

赤十字血液センター検診医・尾関由美先生の記事から

私は現在、献血の検診医をしているが、献血ルームに来てくれる若い人たちに血液検査の数値の異常が目立ち、大変驚いている。

最も多い異常は潜在的鉄欠乏を示す平均赤血球容積(MCV)の値が低いことである。一九九四年改討の内科学書にはMCV89から99までが正常範囲とあり、健康だと自覚している人の95%は本来この範囲に入っている。
しかし私がここ半年で検診したのべ約1300人のうちMCV89未満の人が約六割、85未満が約二割いる。献血に訪れるのは十代後半~三十代が多い。四十代以降では異常の比率は低いので若い世代に限ればさらに異常率は高まるだろう。

85末満は潜在的鉄欠乏とみて間違いないというのが血液専門医の話である。鉄欠乏は貧血の最も多い原因だが、MCVの異常の程度と頻度に大きな男女差は見られない。男牲では幸いMCV85未満でも貧血に至っている人はまれだが、女性ではその約三割が貧血というのが私の得た結論である。

そして貧血の若い女性に問診してみると、ほとんどの場合、月経過多あるいは生理があまり来ないという答えで、子宮内膜症や栄養障害による卵巣機能の異常が疑われる。MCVの異常以外でも、男性では二十歳前後から肥満、高血圧、脂肪肝が見られ、また男女を問わず若い層から高脂血症もかなりある。

このような現実に私は危機感を覚え、自宅近くのコンビニで若者たちの食品の買い方に注目してみた。するとカップめんと菓子パンだけ、清涼飲料水と菓子パンだけ、おにぎりとアイスクリームといったぐあいに、各種栄養素の必要量やバランスが全く頭にないとみえる場合がほとんどであった。

献血に訪れた中学の養護教論から「うちの生徒たちの食事はめちゃくちゃ。
家で食事をせずに買い食いばかりで」と聞いたことがある。電車の中でも、肥満した小学生がファーストフードやスナック菓子をかじっているのをよく目にする。敵血ルームで「食事に偏りがないか」と聞くと、その点を自覚している若者でも、安易に栄養補助食品に飛びつく傾向が強く、正しい食事の取り方を助言するのにてこずってしまう。

これらのことから私が心配するのは、一つには若者たちに身体の栄養のみならず、本来食卓で家族とのコミユニケーションから得られるべき心の栄養が足りていないこと、そしてもう一つは彼らが中高年に達した時には生活習慣病の罹患(りかん)率が今の中高年よりずっと高まるだろうということだ。

高血圧、糖尿病、高脂血症の患者が多くなり、合併症である脳血管障害、虚血性心疾患、慢性腎不全が増えると、開頭手術や冠動脈血行再建術、人工透析など高度で高額な医療がより求められることになる。半身不随、寝たきり、痴ほう症で長期介護を要する人も増えるに違いない。
見方を変えれば、これは国民医療費の増加を招くことになりかねない。

そこで政治家や文部省、厚生省の方たちに強くお願いしたい。
青少年の心の荒廃の問題や医療費の削滅に取り組んで下さるなら、まず食生活や食習慣の改善と、それを可能にする家庭生活の改善を、根気よく国民に呼びかけていただけないものか。

若者たちに栄養バランスのとれた食事の大切さをきちんと教えるとともに、親が家庭で生の肉、魚、野菜、海草、穀物など自然の食材を豊富に使って食事をつくり、それを家族がそろって食べるという習慣を取り戻させてほしい。

医療財政の改善のみならず50年100年先を見据えて、この国の繁栄を維待しようとするなら保育所の拡充などで「産む意欲」を取り戻させて少子化を阻むだけでは足りない。
これからの社会を担う若者を育てるためには栄養バランスのとれた食事とともに、日常生活の中での食事の位置づけや食事の待つ精神的意味を回復させることが必要だと考える。

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