区民の皆様への医療情報

平成11年10月号 妻の肝臓病治療(腹膜透析)に協力して

健康チャンネル・杉山邦夫さんのお話しから

妻が腎不全になって腹膜透析(CAPD)を始めたのは今から十九年前にさかのぼる。当時、わが国にこの透析法が導入されて半年ほどしかたっておらず、約三十人目の患者だった。主治医から強く勧められたのがきっかけだった。

従来からの血液透析は腕の血管から血液を取り出して透析装置で浄化するのに対し、CAPDはお腹に差し込んだカテーテルから透析液をお腹に入れ、腹膜を通して体内の老廃物を透析液に取り出す。
血液透析は週に三日病院に行き、毎回約五時間かかるが、CAPDは在宅で自分ででき、小さな子供を持つ家庭の主婦にとって、とても助かった。自宅にいることの多い主婦と自営業の人に最適といわれた。透析病院のない遠隔地の人でも可能である。食事制限が緩やかなこともありがたい。

だが難点もある。一日四回、透析液を出し入れしなければならない。いつもニリットルの透析液がお腹に入り、妊娠五か月ぐらいの膨らみになる。透析液の袋の脱着時に空気中のホコリが混入、細菌で腹膜炎を起こす心配があり、外出先で交換を行う時、清潔な場所を探すのが大変だった。
その後、脱着システムは紫外線で殺菌する方法など改良が進み、今では感染の心配がほとんどないツインバック方式になり、前ほど心配しなくて済むようになった。

透析液をお腹に入れた後の空袋は祈りたたんで腹帯の中に挟んでいたが、ツインバック方式により、取り外せるようになった。
透析液をお腹から空袋の中に排出したとき、通常だと体内の老廃物が透析液に入り、透明だった液が黄色になっている。これが白く濁ると腹膜炎で、病院に急行する。液の交換を連続して行って腹腔内を洗浄、抗生物質でおさまるのを待つ。初めのころに三回腹膜炎になり、そのたびに一か月近く入院した。

真っ赤に染まることもあった。びっくりして病院へ行くが、病院で液を出すと、もう赤色は薄くなっている。こうしたことを何回か繰り返し、やがて、これは生理の周期に関係し、出血は少量で心配ないとわかり、一安心した。

日々の暮らしは「袋を提げて赤・白・黄色」という状況だった。お腹から液を出した時、黄色は安心サインだが、白色と赤色は危険サインだ。毎日四回、排液時に「何色か」と一喜一憂した。ツインバック方式になってからは安心で、ドキドキしなくなった。

初期のころは苦労が多かった。透析液を温めるためにバケツに汲んだお湯の中に入れたり、電気ガマを保温状態にして使ったりした。やがて専用の加温器ができ、ショルダーバッグ式も作られて旅行時に便利になった。団体のハワイ旅行が企画・実施されている。
あいにく妻は参加していないが、国内ではあちこち車で行き、好みの尾瀬沼には春夏秋と三回も行った。

長年にわたって腹膜を透析に使ったため、腹膜の機能が徐々に低下してきた。
夜間は体ませるようにしたが、それでもカルシウムが沈着し腹膜硬化症になる恐れが出てきた。
このため昨年の四月から血液透析に移行した。だが腹膜硬化症予防のため、約一年間にわたり一日一回、血液凝固阻止剤のへパリンを入れた透析液で腹腔を洗ってきた。
お風呂に入るには、カテーテルのお腹への入り口に大きな防水カバーを張る。妻は初期に三回腹膜炎を経験したため用心深く、水のきれいな一番風呂にソーッと入ってきた。ようやく今年二月、長い間お世話になったカテーテルが抜け、のびのびと浴槽内で体を動かせるようになった。

今ではCAPDを行っているのは約一万人、全透析患者の約五%になった。
私の住むマンションにも主婦が一人いる。科学技術は日進月歩で、CAPDの改良もたゆみなく進み、夜間就寝中に機械が自動的に液の出し入れをしてくれるAPD(自動腹膜透析)も登場してきた。さらなる進歩を願ってやまない。

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