看護婦として働き始めて十か月目のある日、受け持ちの男子高校生の食事介助が終了した。彼は、座っていた車いすからベッドに戻りたいと合図をした。
彼の車いすは特殊なもので彼の障害や体形に合わせて作られていた。その低い車いすから彼を中腰で抱きかかえた時、急に彼の全身に緊張が走った。それは強くなる一方で、体を反り返し始めた。落としてはいけないと更に強く抱き、自分の体にカを入れた
その時、グギッ。グジユ グジユ グジユ グジユッ。ビッギィーン。表現の出来ないすごい音と共に、私の体に電気が走り火花が散った。何がなんだか分からない。
抱いていた彼をどうにかベッドに戻したが、あまりの痛さに身動きさえ出来ない。徐々に両足がしびれ、感覚が失われていく。立っているのか座っているのかさえ分からない。
誰か助けて……その声さえ出せなかった。
その時、身動きしない私を見ていたのか、よっちゃんが車いすでスーッと寄って来てくれた。
床ばかり見つめている私を下からのぞき込み、心配そうな表情で見つめてくれる。そして大きな手で腰をさすってくれた。
"ありがとう" の一言さえも言えず、ただ歯を食いしばってだれかが来てくれるのを待つしかなかった。気を失いそうになっていた時、よっちゃんはスタッフを引っばって来てくれた。助かった。ありがとう、よっちゃん!
私の勤務していたのは重症心身障害児(者)病練。
そこは、身体的、精神的ともに重度の障害があり、人の手を借りないと生活出来ない人たちの病棟であった。
よっちゃんは十八歳。脳性まひの為、両足は完全にまひしており、立つことも歩くことも出来ない。言葉はしゃべれず、ただ "あ−あ−、う−う−" と声が出せる程度と、両手が多少使えるのみである。あの時もきっと私の動きを見ていたのだろう。そして、いつもとは違う、おかしいと感じ近寄って来てくれた。
また、助けを求めていると察してスタッフを呼んでくれた。私の思いは完全によっちゃんに伝わっていた。